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ビジネス関連書籍の紹介日記です

吉田松陰―維新の先達 田中俊資

著者田中俊資氏、松陰神社維持会出版による本書籍は、維新の大先達、至誠の行者として偉大なる人物である吉田松陰先生の偉業と精神について書かれています。
吉田松陰先生の精神性を通してビジネスマンや経営者への自己啓発を与える書籍と言えます。本書詩文は原文に近く、先生の遊歴を重視して、世界最小の規模にして世界最大の成果をあげた松下村塾を叙述しています。下記の本書概要を記します。

松陰先生は天保元年8月4日、長州(山口県)萩の毛利藩士・杉百合之助の次男(大次郎)として生まれました。働きながら学び、日本の国柄の尊さを話し合う家庭環境でした。父の叔父で山鹿流兵学師範である吉田大助の養子となりますが、大助が死亡したため、同じく叔父の玉木文之進の松下村塾で指導を受けます。

山鹿流の兵学は山鹿素行によって始められ、その学問や精神は、吉田松陰の思想や行動にも大きな感化を与えたようです。天保11年、大次郎が11歳の時、藩主毛利慶親への御前講義の見事な出来栄えと才能が周囲に認めることになります。その後、英仏諸国の野心に対抗するため、海外にでて働く必要性を学びます。吉田虎次郎と改名した大次郎は生きた学問を学ぶために嘉永3年に九州に遊学し、安政元年までの間、日本各地を遊歴し、護国の精神を高めていったのです。松陰の今後の思想行動の源泉はこれらの旅によって培われたのです。江戸では、欧州事情に通じ天下の形成を見据えていた佐久間象山に師事。

 

また、嘉永5年、友人である宮部鼎蔵らと東北視察のために長州藩からの通行手形を待たず脱藩。東北遊学では、水戸で会沢正志斎と面会、会津で藩校日新館見学のほか、相川金山、秋田、津軽などを経て江戸に帰着後、脱藩罪に問われて身分取り消しの処分を受けることとなります。嘉永6年、瀬戸内海からの船旅から奈良、鎌倉などへ旅をしました。このころから松陰の名を使いだしたようです。ペリーが大統領書簡とともに4隻の黒船にて浦賀に来航すると、師の佐久間象山と黒船を視察し、造船、兵術など西洋の先進文明の必要性を感じたようです。

 

そのため、ご法度ともいえる海外渡航留学を決意し、友人の金子重輔と長崎に寄港していたロシア軍艦や伊豆下田港のポーハタン号へ乗船を試みますが失敗。松陰たちは下田町隣村の名主に自首し、取調べを受けた後、伝馬町の牢屋敷に送られたのです。この事件に連座して佐久間象山も投獄。野山獄に幽囚された松陰は獄中で一連の背景を『幽囚録』に著しています。安政2年に杉家の4畳半の実家の居間に幽閉処分となりますが、安政4年に叔父が主宰していた松下村塾の名を引き継ぎ、杉家の敷地に世界最小規模私塾といわれる松下村塾を開塾します。久坂玄瑞や高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋など百数十名が塾生に名を連ねていました。 
 
松下村塾では師弟がともに議論や課外活動をし、護国の熱情を醸成。安政5年、幕府の大老が無勅許で日米修好通商条約を締結したことを知って激怒し、塾生とともに討幕の意志を持ち、老中首座を暗殺する計画をしたために松陰は捕らえられ、4年ぶりに野山獄に再幽囚されます。安政6年、塾生に最後の別れを告げたのち、萩から江戸へ移送。江戸では取り調べを受けたのち伝馬町の獄にいれられます。獄中にて遺書として門弟達に向けて『留魂録』を書き残しており、30歳の若さながら為すべきことは成し遂げ、充実した後悔のない人生を送った諦観の尊さを書いています。

 

同年、10月27日に斬刑に処され刑場に露と消えます。処刑後、江戸の小塚原回向院の墓地に葬られましたが、文久3年に高杉晋作ら攘夷派の志士達により現在の東京都世田谷区若林に改葬。吉田松陰とペスタロッチは世界の二大師聖といわれ、比較されることも多いようです。二人とも複数の類似点もありますが、生前においては教育事業が実を結ぶことなく、死後に師弟たちに継承され、後世を支える原動力になったことも大きな特徴といえます。

吉田松陰先生の偉業と精神を再確認できる

本書を読むことは、吉田松陰先生の偉業と精神に触れることで、グローバルなビジネスマンの気概と精神性を堅持する上で役立ちます。ビジネスマンは「グローバルな国際視野」「大局観」「立体的思考」を持つことが重要であると改めて教えられるからです。このような精神性を持つことは今日のビジネスの様々な局面で有効です。現代社会において私たちの触れるビジネスは「国際性や多様性」と無関係にはいられません。そこには相手への想像力や俯瞰性も必要です。本書籍で学んだ精神的考えによって、実際の国際ビジネスにおいても、広い視野で大局観を持った取り組みができます。また立体的思考によって多様性のあるパートナーたちとも良質のコミュニケーションが可能となるのです。
本書の中で特に印象に残った3カ所を引用し、解説したいと思います。

(1)本書引用P68 L13「海に囲まれた日本は海防が重要である。江戸日本橋の下の水はイギリスのテームズ川の水と続いていて、攻めてこようと思えばいつでも来られるぞ」
江戸の志士、林子平の言葉です。確かに日本国内に平和に日々を暮していれば、自分たちの大地が全てであると錯覚しますが、実はそうではありません。世界的に俯瞰してみれば、日本は珍しい島国の形状であり、海防に何より重きを置くべきなのです。奇しくも同じような島国イギリスにはその重要性をいち早く認識し、世界一といわれる王立海軍(Royal Navy)を擁立していることから、この言葉の深みが伝わります。また、世界諸国がいい意味でも悪い意味でも水路のようにつながっていることに関して、身近な江戸日本橋とテームズ川をモチーフにしていることは、相手に印象を強くする上で効果的な言い回しと言えます。

このことはビジネス全体をグローバルに俯瞰することの重要性、またそれは身近な事象から感じ取る感性を持つべきだということが分かります。


(2)本書引用P73 L3「然し象山は又、「伐謀」ということを唱え、孫子の兵法の敵を知り(伐)、己を謀る(謀)ということの重要さを説き、露国のペートル大帝が一時の屈辱を忍びつつ、自ら西欧に遊学してその文化を学びとり、自国の文化興隆を計った故事を挙げて藩主幸貫に建策した」

武士道では弱みを隠し、矜持で戦う精神面もありますが、ここでの象山の思想は孫子の兵法を例にとり、自分の弱みを知り、相手の強みを吸収することの重要性を説いています。やはり真の国防とは自国の内的強靭度が基盤といえます。ソクラテスのいう無知の知も思い出されますが、自分の弱さ、失敗に直面した時にこそ、その資質が問われるのではないでしょうか。そこで虚勢を張る、落胆して停滞することもできますが、その部分を潜在的な将来の可能性と認識し、成長させるための実践を行うことは、自己練磨に大きな成果をもたらすものと思われます。

ビジネスマンとしては、このような気概を常に持ち、小戦場ではなく、大局に勝利する精神性が大切です。そのような考え方の醸成に役立つといえます。

(3)本書引用P211 L10「外人はこう観た ペリーに随行した松陰たちの下田に於ける海外渡航計画をどう観たかに就いては、既に述べたが、ここにフランス人、イギリス人で松陰に関心を持った人のことを記そう」
海外へ渡りたいという挑戦心と覚悟、愛国心のみで、松陰たちはアメリカ船に乗り移り、必死に交渉します。アメリカ側は乗船拒否をし、「日本人の学究心の高さ」、「アメリカへの詭計」と判断しましたが、フランス人やイギリス人作家は松陰の愛国心を賞賛し、革新の殉国者であると褒めました。決死の行動というものは国境人種を超えて人の魂を揺さぶり、感銘を与えるのではないでしょうか?また1つの事件の事実は変わりませんが、見る人間の視点、立場、文化背景、価値観によって印象というものは変化します。

本事件を多様な観点から記載しようと試みたこの項目は印象的です。このような立体的視点を持つことはビジネスマンにとって大切だと気付かせてくれます。

このように本書を読むことは、吉田松陰先生の人生に触れることで、「グローバルな国際視野」「大局観」「立体的思考」を持つことの大切さを教えられます。そしてそれは実際のビジネス現場でも非常に実務として役立つのです。


気概と胆力を養いたい方におすすめ

本書はあらゆる方にお勧めですが、特に「子育て中の親」「国際ビジネスマン」「気概と胆力を養いたい方」にお勧めの良書です。それが分かりやすい本書記述部分を下記に3点説明します。

本書には松陰先生の父の勤勉さとそれを育成した家庭環境が記載されています。家庭環境は裕福ではありませんが、松陰先生の父は働きながらも学び、家庭内でも学問的、思想的なことを話し合う教育の場が存在していました。また兄弟仲も良く、叔父や客人などの教養のある大人と接する機会にも恵まれています。人によっては貧困などを理由に自分を堕落させてしまう場合もありますが、彼の父は経済的な苦難や環境的苦境にも負けずに、常に前向きに生き、愛情と平和のある家庭環境の中で、健全な思想をもって愛息たちを育てていったのです。
この部分は、「子育て中の親」を特に勇気づけてくれます。自分の家庭においても「子供たちの将来」を大切に考え、親としての良い役割を果たすことに繋がればと思います。

本書二点目は松陰先生の海外への姿勢の部分です。複数の優秀な指導者に出会う機会に恵まれたこともありますが、彼の海外へ向けた姿勢は、当時の閉鎖的な封建社会の中では群を抜いています。自ら欧米列強の優れた軍事技術、文化を調べ、的確に受け止め、それを日本国のために吸収し学んでいこうとしているのです。死を覚悟しながらも外国渡航を計画するなどその情熱にはすさまじいものを感じます。やはり早い時期から存在した、「小さな日本を見るのではなく、広い視野をもって自国のために学び、成長していこう」という松陰の価値観がそこにはあります。
現代の「国際ビジネスマン」でもこのような記述には刺激をうけることと思われます。国際化の進んだ現代ビジネスでは海外渡航は特別なことではありません。そのため、この松陰先生の決死の気概は新鮮であり、より自己を高める広い視野への挑戦心を刺激してくれます。

本書の三点目は外人が見た松陰先生の印象の部分などです。下田における松陰先生たちの乗船計画に関して各国の文化や立場、価値観を背景に意見が分かれます。米国水夫は外交上の理由から乗船を断固拒否しますが、他の米国人の中にはその挑戦心を賛辞するものもいれば、詭計と疑うものもいました。一方、英国やフランスの受け方も様々で、ときには誤解も混じります。

松陰先生のような強い情熱と覚悟を感じさせる行動は、国境人種を超えた感動を呼び起こすという事例です。国際化の進む現代経済社会では、我々にも、今後理屈や言葉の通じない未曾有の状況に遭遇します。そこを乗り切るのは強い覚悟と気概であると本書は教えてくれるのです。「気概と胆力を養いたい方」は本書全般を通じて刺激を受けると思います。

この書籍が皆様の日々の生活を勇気づけ、良い人生に繋がれば幸甚です。

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吉田松陰―維新の先達 (1974年)

吉田松陰―維新の先達 (1974年)