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新・観光立国論 デービッド・アトキンソン

訪日外国人旅行者数が2000万人を超え、さらに東京オリンピックも控え活気づく日本の観光産業。
クールジャパンやビジット・ジャパン・キャンペーンといった政策が大成功収めているような報道もされています。

それに対して、決然と異を唱えたのが本書。
日本が観光立国となれるポテンシャルは認めながらも、現状の観光政策及びサービスでは世界レベルに達していないとズバリと指摘してみせます。厳しくも的確かつ愛のある指摘が満載の本書はベストセラーになり、一躍著者の名前を有名にすることになりました。本書の著者は、イギリス出身のアナリストであり経営者でもあるデービッド・アトキンソン氏。

ゴールドマンサックスなどの超大手金融企業に勤め、退社後は国宝級を含む文化財の保護・修繕を行う小西美術工藝社の社長を務めるという異色の経歴の持ち主。
アナリスト時代から含めると30年近く日本と関わりをもっています。
数々の文化財の補修事業に関わり、日本人以上に日本のことを知り尽くしながらも、あくまで外から日本を眺める視点を忘れることのない著者。

日本という国家が抱える問題点を炙り出すのには著者以上の適任者はいないでしょう。
事実、本書を皮切りにヒット作を連発した著者は、その後日本政府観光局の特別顧問に就任しました。
著者の見解が実に鋭いものだったことを国の対応が証明しています。
さて、肝心の本書の内容ですが、まず目を引くのは事実を土台とした鋭い分析力。
本書の序盤は日本経済の現状と未来予想にページが割かれます。
少子高齢化が深刻化し、今後100年近くは人口減少局面が続くと予想される日本経済。
人口という動かせない要因がある中では、かつてのような高度経済成長は望めないことを指摘。
それでも移民の受け入れを拒否するなら、経済成長を実現するには「短期移民」=外国人観光客を多数獲得するしか道はないと説きます。
観光産業を21世紀の日本経済を支える柱に育てるべきである、という結論を導き出します。

続いて、日本の観光産業の秘めたポテンシャルを提示。
著者によれば、「気候」「自然」「文化」「食事」の4条件を満たすことが観光立国には必須の条件。四季があり自然豊か、気候が比較的安定、固有の伝統と文化を保持、食事も世界的知名度がある。このように、日本は4つの条件を満たす稀有な存在であり、かなり恵まれた観光資源を保有していると高く評価しています。

ところが、ここから著者の容赦ない指摘が続いていきます。
その内容は、恵まれた資源を持っているにも拘らず、日本は官民問わずその資源を全く生かせていないというところ。かなり耳の痛い指摘の数々ですが、それもまた真実。
ここに本書の第二の特徴、誰にも忖度することないまっすぐな指摘があります。
良薬は口に苦しといいますが、本書はまさにその言葉を体現するような内容になっています。

我が国の観光産業の問題点を学べる

序盤の日本経済についての分析も役立ちますが、やはり見どころとなるのは中盤以降の日本の観光産業が持つ弱さに対する激辛意見の数々。例えば、日本人が日本の代名詞のようにつかう「おもてなし」の精神は自画自賛に終わっているとズバッと指摘。
海外からは、日本人1人1人の親切さやマナーの良さについては評価されているものの、ホテルや旅館のおもてなしの評価が高くないという事実を突きつけます。
他にも、日本人がよくアピールする治安の良さや交通機関のサービスでは外国人観光客を呼び込むことができないと論じます。

確かに、日本よりも治安も交通状況も悪い国にも拘わらず観光客を沢山集める国・地域は沢山あると納得しました。
観光というものに対して日本は大いなる勘違いをし、しかも、それを世界に押し付けているという一節は非常に厳しい。
「郷に入っては郷に従え」という考え方を推し進めるなら、外国人はその内日本に対してそっぽを向いてしまうだろうと懸念を表明しています。
こうした著者の一連の指摘をまとめると、日本の観光産業は供給者の都合ばかりが優先されているという結論に行きつきます。
供給者の視点が優先された結果、観光施設や文化財の外国語表記及びカード・スマホ決済への未対応といった問題が生じていると断じます。

観光業はサービス業であり、消費者に満足してもらうことを最重要視し、日本にお金を落としてもらいあわよくばリピーターになってもらう。外国人観光客が増えている今だからこそ、改めて初歩中の初歩のを確認しなおすことの大切さにふれています。
人によっては日本バッシングとまで感じるかも知れませんが、それもこれも事実を深く分析した上での論理です。

著者は本書の中で折に触れて日本文化の魅力についても語っており、本気で日本のことを考えてくれている真摯な一面が伝わってきます。
頭ごなしに否定せず、日本人という立場を離れて冷静な視点で本書を読むことこそ、消費者中心の観光業へ生まれ変わるための第一歩になるのではないでしょうか。
そして、観光立国となるためのキーワードとして「多様性」を掲げているところも印象に残りました。

著者は、海外から観光に訪れる人々の目的は十人十色であり、日本に求めていることも様々だということを認識する必要性を求めます。
詳細なデータに基づき、外国人観光客を統計的・科学的手法で分析して細かく分類化する「セグメンテーション」の重要性を説きます。
その上で、幅広い観光客のニーズに対応するための政策やサービスを打ち出すことを提言しています。

成功へのカギを握るのが「多様性」。富裕層向けの高級なホテルや飲食店もあれば、バックパッカー向けのゲストハウスやファストフードもある。
幅広い観光客の要望に対応できるように、提供できるサービスに多様性を持たせることが顧客満足度を高めると指摘。「気候」「自然」「文化」「食事」の4条件をすべて備える複合型リゾート施設の整備の必要性にも言及しています。供給者の一方的な視点から抜け出し、広い視野をもち多様性を尊重すること。観光産業に留まらず、日本企業全体への貴重な意見だと感じました。"

観光業・サービス産業に携わる人におすすめ

観光業・サービス産業に携わる人にとっては、バイブルとなりえる本です。
本書の中でも再三触れられていますが、日本の観光・サービス業の大きな弱点として供給者優先の態度が挙げられると思います。
そのような態度に胡坐をかいていると、競合するライバルたちにあっという間に市場を奪われてしまい零落の一途を辿ります。
私が本書を読んで思い浮かべたのは、バブル期に多額の交付金を地方自治体に配ったふるさと創生事業です。

数多くの自治体がこの交付金を基に観光業の振興を図りましたが、結果は芳しくありませんでした。
ふるさと創生事業による観光業の信仰が無残な末路を辿り、バブル時代の悪しき象徴のように扱われてしまったのも供給者優先が根底にあるのではないでしょうか。
消費者のニーズや消費者を取り巻く環境要因を考慮することなく、ゼネコンや地元政治家が潤うことだけを考えた政策の数々。
結果的に無用な箱モノを林立させてしまい、その維持費によって地方財政が圧迫されるという大失策を犯した自治体が相次ぎました。
本書を読んでいると、一見現在好調に見えるインバウンド事業もいきなり傾くリスクを秘めていることがわかります。

ふるさと創生事業の二の舞を避けるためにも、本書にある指摘を重く受け止め、消費者中心へのマインドの転換を図るべきでしょう。
また、ある種の日本人論、日本人的思考についての著作として読んでも面白い発見があります。

「おもてなし」は自画自賛に陥っているという指摘には思わず苦笑してしまいました。
日本人はある種の理想や考え方を外国人にも押し付けてしまうきらいがあるようです。
これから外国人と接する機会は増加していきます。
東京オリンピックを前に、自戒を込めて本書に目を通しておくのもいいと思います。

toyokeizai.net

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デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論