ユーザーレビュー

ビジネス関連書籍の紹介日記です

仕掛学 松村真宏

ビジネスにおいて「人を動かす」「人に動いてもらう」仕掛けを考える学問を「仕掛学」と名付け、心理学や人間工学の理論をもとに「仕掛け」の原理を紹介する著書です。自分が直接マーケティングの仕事に関わっていなくとも、どのような広告・媒体が人間の興味をかき立てるのかが分かるように、多くの事例が紹介されます。また、自分が企業の安易な宣伝に引っかからないように気をつけるための材料としても使えることでしょう。
まず本著のテーマである、仕掛けとは何のことでしょうか。例えば、日常目にする機会が多いのが、行動デザインです。男子トイレ小便器にある的の絵、自転車置き場に引かれた線、横断歩道や駅のホームに記された足跡のマークなど。

 これらは「さりげなく人の行動を促す」ための工夫です。直接言葉で行動を強制するよりスマートであり押し付けがましさがありません。このように日常に潜む「仕掛け」の実例とその活用法が書かれています。また、仕掛けを“パターン化”することにより、アイディアを発展させ「バスケットゴールが取り付けられていて、ついついゴミを投げ入れたくなるゴミ箱」といった斬新な商品開発へ発展する余地もあるものです。もちろん本著の内容は「珍しいもの紹介」にとどまる訳ではなく、学問において扱われる理論のうち、ビジネスの場面で活用できそうな、ナッジ理論、SCAMPER法、ハンマーの法則など根拠となる説も併せて豊富に紹介されています。

有名なアメリカンジョークをひとつ紹介しましょう。アメリカの宇宙開発において、無重力状態ではボールペンが書けないことが発見され、問題となりました。宇宙科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、インクや金属の専門家たちと共同し、10年以上の歳月と100億ドルを超えるという開発費をかけて、新しいボールペンを開発。これは、無重力でも上下を逆にしても水の中でも高温または低音でも紙以外の表面にでも書くことのできるボールペンとなりました。一方、ロシアでは鉛筆を使うことにしました。

このアネクドートから分かることは、「鉛筆を使う」という発想を思いつけるかどうかという問題も、実は仕掛けの理論なのです。高性能のボールペンを発明するのは、問題の解法としては大げさすぎて実現可能性は低いでしょう。そこで、鉛筆に思い当たれるかどうかが大切なのです。実際のビジネスにおいても費用や時間を掛けずにアイディアで問題解決を図る試みは多々見られることでしょう。「仕掛けを作る際には、本質を見失わない事が肝要」という姿勢も学べます。


心理的な仕掛けをマーケティングにどう活かすのかを学べる

学問を、実際のマーケティングにどう活かすか、あるいは活かされているのかを学術的な観点から学ぶための教科書になりそうです。
マーケティングにおいて、経済学、経営学、心理学などの学問はもちろん実践に活かされています。しかし、学問それ自体の知識を、そのまま活用できる訳ではなく、現場の知識や経験によって大幅にアレンジしなければマーケティングテクニックとして活かすことはできません。学術理論通りに実際のビジネス界は動いていないのです。

例えば経済学、とりわけ古典的な主流派経済学は「合理的経済人」モデルを前提に展開されています。「合理的経済人」は、あらゆる情報を集め、瞬時に損益を計算し、感情を持たず利己的で正しい判断を行います。しかし現実の人間は完璧ではありません。不完全でありあわせの情報を元に、憶測に基づいて判断を行い、必ずしも金銭的利益だけを追求するとは限らず社会的要請や商慣習を優先することもあります。このように、経済学は実際の経済とことなるのです。

 

経営学も、「会社とは誰の所有物か」「顧客と会社の利益のどちらを優先するか」などの組織論をメインとして展開されるのが普通です。また経営を行う対象、つまり顧客については、ここでも「合理的経済人」を想定しているのです。即ち、流行に流されがちでインターネット上の噂話や似非科学を信じてしまうなど気まぐれな顧客は、現実経済では顧客のうちの大きな割合を占めていますが、学問の想定外です。新しい経営学においては新しい論点もありますが、個人情報保護やコンプライアンスなど、利益を伸ばすための知識ではありません。

心理学も同様と言えます。心理学は、顧客が「なぜこの商品に興味を持ったのか」を、後から調べる際には活用できる学問でしょう。しかし心理学は、そもそも人間個人の性質に着眼した学問ですから、マクロ視点マーケティング戦略には適切ではありません。「流行っている商品だから自分も欲しくなる」「話題にのぼっているサービスだから自分も興味を持った」といった、後知恵となる分析に終始してしまうのです。あるいは「この宣伝方法はなぜ失敗してしまったか」といった反省に心理学を活用することはできるかもしれません。しかし、「興味を持たない人に興味を持たせる」といったように、購買意欲をそそり顧客となるように仕向けることには、心理学は必ずしも向いていないのです。
ただ、これらの学問は無駄という訳ではありません。より人間個人の行動に即して旧来の学問をアレンジした説の体系が「仕掛学」という位置づけなのです。


人を動かす仕掛けはビジネスに応用可能

「日常生活の中に張り巡らされた、人を動かす仕掛けを紹介する」本として、単に読み物として楽しむこともできます。更に本著をビジネスに活用する方法としては、「人に動いてもらう」「マーケティング技法の背景を学ぶ」「企業の宣伝に乗せられないよう注意する」の3つがあるでしょう。

1つ目は「人を動かす」ではなく「人に動いてもらう」であるところがポイント。押し付けがましい宣伝は必ずしも効果がありません。新商品を買うようにテレビやインターネットブラウザや電車内宣伝を繰り広げても、広告自体が日常の景色に溶け込んでいる昨今、人々の心に訴求することは難しいでしょう。そこで「流行している」「有名人の誰それが使っている」「何かの賞を受賞した」といったニュースをして、さりげなく購買を促すことがあります。仕掛学は、押し付けがましくない宣伝になり得ることでしょう。

2つ目「マーケティングの技法にはどのような学問的背景があるのか」というように、学術的な背景あるいは出自をはっきりさせておきたい際に良い教材となることでしょう。たまたま売れた商品や、理由は分からないが成功した宣伝というものがあるでしょう。それを単に偶然で片付けるのではなく、背景や手順や方法を整理し、次の広告に再現するに当たっては、理論が必要です。人間心理に基づいて行動を促す仕掛学は、その理論となりえるはずです。

そして個人として活用しやすいであろう点が3つ目。日常の行動デザインによって、自然に公衆トイレをきれいに使ったり、言われるまでもなく混雑する場所できれいに列を作るのは社会的に望ましいことです。ただ、商品を買わされるための手段として仕掛学が使われるならば、それに乗せられないよう注意が必要でしょう。科学的に根拠があるともっともらしい宣伝をする健康食品など、似非科学でないかと見抜くに当たり、敵の手の内を知ることに有効です。

cakes.mu

仕掛学

仕掛学