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心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎 有田隆也

著者の有田隆也さんは、名古屋大学教授です。情報工学の分野の方のようで、この立場から特にヒトの心の発生・起源やその後の進化、認知科学などについて長年の研究をされているという方です。
タイトルにある通り、”人工生命”に関する本で、この分野は日本語の書籍はそれほど多くはありません。人工生命は非常にワクワクするような知的好奇心をとても刺激される分野であるにも関わらず、期待しているほど本は多くないというのが現状です。

 人工生命と近縁の人工知能分野は現在は3回目のブームを迎えていて、この数年の間に次から次へと似たような書籍が出版されています。その人工知能は2度の”冬の時代”を乗り越えてきて今の隆盛があるというのはよく知られていますが、人工生命の方は1980年頃に盛り上がりを見せてからは、やや低調の感があります。ある時期にはいくつかの優れた人工生命の書籍が出版されていたのですが、その後イマイチ盛り上がりに欠けるところがあるのは、人工知能におけるディープラーニングのような大きなブレイクスルーがないからかも知れません。そういう分野である人工生命について、割と新しめの時代に書かれた(といっても2007年ですが、あまり最近は人工生命について書かれた書籍は少ないので)、ある種貴重な本と言えるかも知れません。

ちなみに、本のタイトルの「心はプログラムできるか?」という問いは、あまり気にしない方がいいです。この本を読み終えたところで、この深遠な問いの答えらしきものはみつかりません。某通販サイトのレビューでもその点は繰り返し指摘されていますが、「心はプログラムできるか?」を探るためにはこの本を読もうとは思わない方が良いです。きっと肩透かしを食らったような気分になるでしょう。あくまで人工生命を一般向けに解説した、短い時間で読みきれる本、と思って読みましょう。

ソフトバンク・クリエイティブのSi新書なので、カラーで図版も多く、かなり読みやすい方だと思います。人工生命初心者でも、スラスラと読めるかも知れません。Si新書は他の新書と比べて、割と内容が薄かったり根拠に乏しいようなよくわからない説明をする著者も時々いるような気もしますが、この本は割と良い方かと思います。
著者はあくまで情報工学系の方のようなので、合成生物学的にコンピュータシミュレーションを主軸に書いている印象です。ですが、細かい部分は省略していますので、自分で実装してみようと思っていると情報が不足していたりするので、そういう向きにも肩透かし感があるかも知れません。


専門的で理解しずらい人工生命や認知科学のイントロダクションを学べる

第1章は、「蟻たちの真似をして儲ける話」というタイトルで、アリの群知能や遺伝的アルゴリズムの話しです。人工知能系の書籍ではある種の定番の話しなので、そういう分野をよく読んでいるという方にはさほどの驚きはありません。アリのエサ集めの際の揮発性フェロモンを利用した、漸進的な最適化問題を利用して、生物から得られた数学的な知見を航空会社の運行経路やネットワークルーティングなどの最適化などに利用されている実例が紹介されています。ただ、このアイデアを最初に考えだしたのがマルコ・ドリゴの「Ant System」だろうという話しは、初めて聞いたので参考になりました。アリの複雑な社会をシミュレーションするという意味では、もともと”人工生命”の会議を最初に主催したクリストファー・ラングトンが「VANT(Virtual Ant)」を作っていたりしていたのですが、他の全く違う実用的な分野に応用するアイデアというのが意外にもかなり遅れていたというのは驚きでした。こういう、人工知能系書籍をいくらか読んでいておおよその話しの流れは知っているけれど、細かいところで初めて知って「ちょっとした驚き」があるというのは、この本でいくつか見られることですので、初心者向けの書籍と言えども侮れないところもあります。最近雨後のタケノコのように出版される人工知能系書籍ですが、そのブームよりもずっと前に出版されていた本書の、面目躍如と言ったところでしょうか。
第3章には、「史上初めて誕生したデジタル生命」と言われている”ティエラ”について書かれています。一般向けの当書籍にそのティエラの16進数プログラムが載っているとは、まさか思いませんでした。個人的にはめっけ物という感じでしたが、初心者にはとっつきにくい感じがするかも知れません。ティエラが自身(のプログラム)を増殖していく仕組みを説明し、特に「リーパー(刈り取り機、死神)」が長生きしたプログラムを殺してしまうことなどが書かれています。

著者の有田隆也さんの見解では、このティエラの意義は、特定の生物やその生態系を単にシュミレートできたことではないし、このプログラムが優れているなんてことでもない、と言います。コンピュータの中で(シミュレートしたのではなく、本物の)進化そのものを作ることができたことの素晴らしさを説きます。人間社会や生態系に参考になる、と言った程度ではなく、コンピュータのプログラムが生命として自己増殖し、進化していることの「人工生命」的な素晴らしさを説いているのは、やはり人工生命研究者の有田隆也さんらしい書き方だと感心します。

また、先に挙げたラングトンの”伝説”や、ライフゲームなどについても(さらっとですが)触れていますので、このあたりも読み物として楽しめると思います。"

 人工生命に興味をもっているが詳しく知らない方におすすめの入門書

この本はソフトバンク・クリエイティブのSi新書なので、一般向けに書かれた小さめの本です。だから図版も多く、スラスラと読みやすいという利点があります。人工生命という広い分野の知識を必要とする深くて難しい分野を紹介する本ですが、かなり噛み砕いて平易に書かれているので、興味はあるがこの分野のことをそれほど詳しくは知らないという方には、取っ掛かりとしておすすめです。一応ちょっとだけですが巻末に参考文献が載っていますので、もっと詳しくこの分野に”ハマりたい”方や、本当に「心はプログラムできるか?」を探求したい方は参考文献に挙げられているデネットやピンカーなどの心理学者、哲学者の書籍に向かわれるのもいいかも知れません。

ある程度人工生命系の書籍を読み込まれた方には、既に知っていることが多いです。小さな本なので、各テーマが上辺だけさらっと流されるような記述になってしまわざるを得ないこの本はあまり読んでも得るものは少ないかも知れません。ただし、最近の「雨後のタケノコ」のように出てくる人工知能本だけ読んでいる人には、人工生命研究側の新たな知見や、まだ人工知能ブームが始まる前の段階での知見に刺激を得ることができるのではないかと思います。

私もこの本の存在を知ったのは人工知能系の本の参考文献に載っていたからですが、人工生命の世界をざっと俯瞰する、その深い世界の取っ掛かり、入門として知的好奇心を刺激される、おすすめできる本です。なんといっても、最近ほとんど人工生命系の本が少ない点からも、貴重な本だと思います。人工知能ばかりに目を囚われずに人工生命にも興味を持って貰えたら、日本の経済社会はもっと面白い世界になるかも知れません。

 

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心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎 (サイエンス・アイ新書)

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