ビジネス書籍ユーザーレビュー

ビジネス関連書籍の紹介日記です

働かないアリに意義がある 長谷川英祐

北海道大学で進化生物学や動物生態学の分野の研究者である長谷川英祐さんの著書です。”働かないアリ”という面白い興味を引くキーワードで一時世間を賑わしたようなので、この本や著者のことを知っている、聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。

この本を読まなくても、このキーワードでネットで探せば”働かないアリ”についての断片的な説明もありますが、「なぜ働かないアリがいるのか?そのアリは必要不可欠なのか、それとも必要な存在なのか?」というところが、イマイチWeb上の記述ではわかりにくいところもあります。この本は新書の薄い本ではありますが、働かないアリの存在理由を系統立てて説明をしています。

 この本のタイトルにはアリとありますが、アリだけに限った話題ではなく、社会性生物の事例を広く渉猟しています。アリの近縁のハチやシロアリ(ちなみに、シロアリは日本語では「アリ」と名前についているので紛らわしいのですが、シロアリはアリとは別の系統)はもちろん、社会性の菌類やネズミなどの例を取り上げ、社会性生物たちのコロニーや群(GROUP)、組織の成り立ち、仕組みをわかりやすく、そして人間社会や会社のような組織との対比などもしながら説明します。

この本は会社勤めの管理職の方々にも非常に参考になる、とても示唆に富んでいる本です。著者さんは、『働くアリに幸せを 存続と滅びの組織論』という本も書かれているのですが(私は未読)、この『働かないアリに意義がある』という本を読むだけでも会社の組織の作り方、考え方に良いヒントを与えてくれると思います。

特に未だにトップダウン型の固い頭で部下を管理しようなんて思っている古いタイプの管理職の人には、この本に登場している社会性生物たちの一見無駄の多そうに見えながらも長い目で見れば効率が良い生存戦略の数々は、目からウロコが落ちるように感じる人もいるのではないでしょうか。パワーハラスメントとかブラック企業とか、昔の古い頭の組織論では通用しなくなった昨今、あからさまにパワハラなどを行う上司は少なくなっているとは思いますが、効率重視や能力偏重の考え方や精神論とかの発想が、返って全体の効率を下げてしまいかねないことに、この本は気づかせてくれると思います。また、完璧に思える組織を作ったとしても、これも返って一気にひっくり返ってしまうリスクが高くなってしまうことも、この本を読めばわかってくると思います。

かつて窓際族とかいろいろと会社組織内でのあまり働きが少ない人たちを蔑む風潮がありましたが、この本を読めば彼らの存在は必要な存在だったのでは?という気がしてきます。
基本的には生物学や進化に関する本ですが、人間社会との対比も多いですし、スラスラと読め、しかも読んでいて楽しいです。組織が上手く回っていないことに悩んでいる管理職や能力偏重の発想をしているようなビジネスマンの方々に、非常におすすめしたい本です。

アリを通して人間関係や集団のあり方と学べる

工場などでの生産方式で定番なのは、小さい単位の作業に分けて専門的に繰り返すフォード方式(ベルトコンベアー方式)でしょう。この方式は確かに効率の良い方式で庶民のお財布に優しい社会を作ってきてくれた恩恵があるとは思います。ですが、近年では複雑系科学の観点から一人の作業者に広い分野を教えて一つの商品を少人数で作らせる方法で、フォード方式を上回る生産量や利益を上げることに成功している工場や企業もあるといいます。複雑系科学の観点から見ても、トップダウン型よりもボトムアップ型の方が実は効率が良いということかも知れません。

コンピューター工学の面からも、アリの社会性をモデルにして最適解を出すACOアルゴリズムや群知能もありますし(私はこの観点から複雑系科学やアリなどの社会性生物に興味を持ったのですが)、社会性生物たちの相互に複雑に関連しながら複雑に全体の適応度を上げていく戦略は、あらゆる場面で、例えば人間関係や人間の集団のあり方についても非常に参考になります。
この本のスタイルは基本的には自然界の生物たちの観察から社会、群(グループ)、組織などの振る舞いとその理由付け、意味付けを行っていますが、生物で観察できないものについてはPC上でのシミュレーションで確認しているものもありました。PC上での数学的モデルも、ある程度現実社会のモデルとして役に立つのだということがわかります。

ところで”働かないアリ”が世間で評判になった時に、ある心ない人が「こんな研究している人って、よっぽどヒマなんだろうね」ということを言った人がいるらしく、そのことについてもこの本には著者からの言及がありました。この研究をした研究者は、寝る間も惜しんでアリの生態を観察・記録したり、点滴を打ちながらのかなりのハードワークでこの研究成果を得ていたのだそうです。

真社会性昆虫のアリなどの生態からわかることが、人間社会や会社組織にそのまま適用できるとは言い切れませんが、非常に参考になることは請け合いです。某通販サイトのレビューでも、その点を指摘する人も多いようです。確かにそうだと思いますが、特に生物の進化にしろ人間社会や組織の進化にしろ、これといったハッキリした正解を、誰も出せないのだということがこの本を読めば実例を通してわかってくると思います。たとえば「チーター」などとの関係です。この点は、人の社会、組織だろうが昆虫の世界だろうが、共通する普遍性があると思います。

また、個性と集団との関係も、よくありがちな対立関係で捉えるべきものではないこともこの本を読んでわかってきました。集団のメンバーが一律で(優秀で)あったとしても、その集団が生き残れる確率は返って低くなるかも知れないことや、集団があるからこそ個性の違いが必要になってくるのだ、ということもわかりました。


プロジェクトをまとめる管理職におすすめ

この本は基本的に生物学の社会性や進化に関する本ではあるので、この本に書いてあることがそのまま人間社会に通用すると考えるのは安易すぎるとは思います。ですがプロジェクトの成果がイマイチ上がらない、優秀なメンバーのはずなのに、なんて悩んでいるリーダーなどがこの本を読めば、それまで思い込んでいたこととは違ったリーダー論のイメージができると思います。グループをまとめる立場にある人で、特に高圧的な考え方や能力・効率重視の考え方で行き詰まっている人には、非常におすすめです。

某プロ野球球団のような、大枚をはたいて優秀な選手ばかりを集めておきながら、思うほど勝てないどころか優秀な選手の才能をダメにしては放り出すなんていう、おかしなことばかりしている組織を見るにつけ、こういうアリやハチなどから得られる社会性生物たちの知見が人の上に立つ立場には必要なんだな、とつくづく感じます。

昨今の風潮、差別主義や極右思想、アメリカでの分断やネット上での差別偏見など、多様性の反対方向へ偏向している方々にも、この本はおすすめです。多様性が生物が生きていくことだけでなく、人間の生活や社会でもとても大事なことで、一見短絡的に非効率には見えるかも知れないことが、長い目で見れば良い成果を産むことになるのだというのが、こういった本を読むとわかります。
また、組織は「チーター(集団内での裏切り者、利己主義者)」を完全には排除できないし、「絶対に正しい組織構造」なんてものがないということも勉強になります。

lightworks-blog.com

働かないアリに意義がある (中経の文庫)

働かないアリに意義がある (中経の文庫)