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英EU離脱 どう変わる日本と世界 経済学が教えるほんとうの勝者と敗者 安達 誠司

著者の安達誠司さんは外資系証券会社を渡り歩き、現在、丸三証券の経済調査部長をされています。現代ビジネスで経済コラムを書かれていて、経済学とデータを用いた分析に定評があります。また、日本経済の長期停滞(名目経済成長率0%、物価が下落し続ける現象)への対策として、大規模金融緩和を唱える”リフレ派”の論客としても知られています。

本書は、いわゆるブレグジットと呼ばれるイギリスのEU離脱に関して、当事者のイギリス、EU、日本への影響と今後について論じています。一般的に世界のメディアやIMFやOECD等は、「ブレグジットでイギリスは経済的に大打撃を受ける」、「イギリス金融界(シティ)の権威は失墜し、金融の拠点がEUのフランクフルト等に移る」という論調を展開していました。

しかし、著者はそのような説に大きな違和感を感じていました。「ブレグジットで最も負の影響を受けるのは出ていかれるEUなのではないか?」「ブレグジットでもシティが長年培ってきた金融ノウハウや人材の集中により、シティは金融の中心であり続けるのではないか?」、世間のコンセンサスとは逆を行く主張ではありますが、実際にブレグジットが決まった直後の経済的な動きを検証すると、イギリスはポンドの大幅安と株価の上昇、EUは株価、特に銀行系の株価が大幅に下落しました。日本は、1日で日経平均1000円以上の大幅下落となりましたが、翌日には反発し株価は回復していきました。よって、短期的にはメディア等の主張は外れて、著者の見立てが当たりという結果でした。

では、中長期的にはどうなるか。イギリスはブレグジット直後の対応で中央銀行であるイングランド銀行は政策金利を下げ金融緩和を行いました。大幅なポンド安による短期的なインフレ懸念よりも、ブレグジットの不確実性による資産価格の下落や経済への悪影響を阻止する方向に舵を取りました。これを著者は高く評価しています。今回だけでなく以前からイングランド銀行はインフレターゲットを導入するなど優れた運営を行っており、政治でも現実的かつ合理的に意思決定をするという著者の経験から、イギリスは中長期的にも悲観する必要はないという結論になります。

また、シティがどのようにしてヨーロッパ金融界を牛耳るようになっていったかを歴史を描写しながら、容易にはシティの地位は揺るがない。むしろブレグジットにより強化されるのではないかという驚くべき考察をしています。一方EUには、中長期的に不確実性の嵐が待ち受けています。中東の混乱による難民の殺到、不動産バブル崩壊による金融危機、共通通貨ユーロによるギリシャやポルトガル等のソブリンリスクなど騒ぎが、一時は沈静化しても根本的な解決が見込めない問題ばかりでEUの存続すら危ういという予想です。

 

日本はどう対応すべきかについては、企業活動では上記から過度にイギリスに悲観的にならず投資や事業展開をしても良いことを提言しています。資産運用については、ややブレグジットとの関係は薄いですが、トランポノミクスなどイベントにより乱高下するご時世なので、海外投信や新興国投資ブームにのる投資家が多いですが、円高になった時のリスクを考慮するよう注意を促しています。"


EUの共通通貨ユーロの失敗の原因を探る

サブタイトルの「経済学が教えるほんとうの勝者と敗者」が示すように、経済学はブレグジットだけでなく、過去の経済政策を正しく評価し、未来の経済動向を合理的に予想できる強力な分析ツールであるということがよく分かります。

EUの共通通貨ユーロが何故失敗なのか。筆者はEUの成立の途中の段階で何度か金融危機があり、その原因となる要素を相変わらずユーロは持ち続けていることによると主張します。
ユーロの前身として、EC通貨協力(通称スネーク)が創設され、そこでは「参加国相互の為替レートの対ドルの変動幅を上下2.25%以内に調整する」ことを定めていました。すなわちEC(EUの前身)内各国の為替レートの変動を緩やかにすることで域内の貿易活動に際しての為替リスクを軽減させるのが目的でしたが、実際には困難でした。

各国で経済の規模や成長率に差があるため、経常収支国では外貨が流入し自国通貨高に、経常赤字国では反対に通貨が流出し自国通貨安になります。そうした国々との為替レートを調整するため、為替介入を行う必要があります。外貨準備が潤沢にあるうちは為替介入により調整が可能ですが、外貨準備が底をつくと為替介入ができず為替レートの乖離が生じます。それでは、経常収支黒字国が為替介入をすれば良いとなりますが、この場合は国内の金融緩和となるのでインフレ圧力が高まります。

よって、経常収支黒字国が自国通貨売り介入の実施を積極的に実施しても、それほど大きな効果は見られない傾向にありました。そして、ヘッジファンドが外貨準備の枯渇しかかった経常収支赤字国への通貨アタックを行い、固定相場制を維持できなくなり、通貨切り下げまたは固定相場制の維持を放棄せざるを得なくなる事がありました。

現在、ユーロを導入する国々では固定相場制ですが、やはり経済の状況は国々により異なります。景気の悪い国では景気対策を行う必要がありますが、ユーロを導入しているため独自に金融緩和は利用できません。そのため財政政策を使うしかなく、国債を発行し資金を調達して財政政策を行います。EU成立により各国の国債金利は同じ水準に収斂されていきましたが、本来であればその国の経済事情や特に財政状況により国債金利は決定されるにもかかわらず、そのような経済原則がユーロ加盟国には適用されることはありませんでした。その後、ギリシャが自国の財政状況を粉飾していることが発覚しギリシャ国債がデフォルト危機に陥りました。

そして、実はリスキーだったギリシャ国債を大量に保有しているヨーロッパ金融機関が破綻するのではないかという金融危機(ギリシャ危機)が起こりました。このギリシャ危機は、IMFやEUが介入しいったんは沈静化するものの、問題の根本が解決していないため今後も危機が繰り返される見込みです。

ヨーロッパの国々で同じお金を持てば(固定相場制であれば)、為替リスクもなく便利で良い事づくめのように普通は思いがちですが、経済学的にはデフレが発生しても対処できず、金融危機も起こりやすくなるのでデメリットが大きいという結論になります。そのため、先進諸国は為替レートは変動しても自立的な金融政策が可能な変動相場制を採用しているのです。この事は経済学を知ってるかどうかの問題で自力ではほぼ気づけないでしょう。

また、経済学的にEU経済の今後が暗いということで、治安の悪化や極右(極左)政党の台頭といった社会不安も抱えると予想することも合理的と言えるでしょう。"


経済学や公正なマクロ経済を学びたい方におすすめ

EU域内の国々が独自の金融政策を打てないことが経済不振の原因となるということが本書の一つの主張です。これを一般化して言えば、国家がデフレやインフレ時に適切に金融政策を行わないことで経済停滞が起こると言えます。

日本ではバブル崩壊後のデフレの局面で金融緩和を行わなかったため、失われた20年と呼ばれる経済の長期停滞を経験しました。また戦前の日本もデフレを繰り返し、昭和恐慌による大規模なデフレが人々の生活を破壊し、ひいては日本のシナ事変や大東亜戦争にもつながったとも言えます。現代社会や歴史を理解することは、ビジネスマンとして活躍し豊かな人生を送る上でも重要だと思います。その際に経済学を使い経済という視点で現代社会や歴史を学べば、より正しく理解ができるのではないでしょうか。

尚、安達誠司さんの著作で日本の長期停滞については『円の足枷』、明治維新から大東亜戦争までの日本経済については『脱デフレの歴史分析』があり、とても勉強になります。

ところで、世界のメディアやOECD、エコノミスト達が「ブレグジットでイギリス経済に大打撃」と読み間違えたのは、経済学やデータを用いて推計しつつも、「グローバリズム(自由貿易等)は正義」「ヨーロッパは一つであるべき」というようなバイアスに執着しすぎていたのが、主な原因ではないかと個人的には考えています。本書の冒頭でかつてイングランド銀行にポンド売りを仕掛けて大儲けした天才投資家ジョージ・ソロスを引き合いに出し、「マーケットで勝つ(儲ける)ために重要なことは、感情を排した客観的な分析をすることだと日々思っていたが、ソロス氏の行動の裏側には、まさに感情を排した極めて冷徹な分析があるのではないかと感じた」と記述しています。

ジョージ・ソロスも著者と同様の考えで、ブレグジットで悪影響が出るのはEUの方と考え、そのような投資ポジションだったので一時的に大儲けしたそうです。ジョージ・ソロスのような感情を排した客観的な分析に基づいた本書の主張は、今のところ大当たりであると言えます。経済学の理論と客観的で公正なマクロ経済を学びたい人に本書をおすすめしたいです。

anond.hatelabo.jp

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